トップ

基調

講演録 1分科会 2分科会

第52回人権交流京都市研究集会

第2分科会

共に生きる社会を目指して

〜気づき、学び、感じること 私とあなたが仲良くなるために〜

公演

「綿毛のように」(劇団タルオルム)

フォーラム

 

 

パネリスト

金 民樹

(劇団タルオルム)

 

 

 

 

石橋 紗里

(京都市立七条小学校)

 

 

 

 

中山 美紀子

(京都市立春日丘中学校)

 

 

 

 

浜辺 ふう

(九条劇)

 

 

 

コーディネーター  

土岐 文行

(京都市立樫原中学校)

 

分科会責任者  林   道明  (京都市立小学校同和教育研究会)

分科会庶務  稲垣 知裕  (京都市立小学校同和教育研究会)

 

 

 

 

 

 

パネラー自己紹介

 

コーディネーター 土岐 文行さん(京都市立中学校 教員)

多文化共生教育を進めるには,外国人児童を周りの日本人がどう支えていくのかが大切である。また,社会参画のためには,外国人児童生徒の学力保障や日本語指導も同様に大切である。これから「多文化共生」に関しての実践をされてきたパネラーの方々に,各自の取組を兼ねて自己紹介をしてもらう。

パネラー 石橋 紗里 さん(京都市立小学校 教員)

京都市立小学校で教員をしている。在日コリアンで大学まで本名で過ごしてきたが,今まで差別されてきた意識はない。今まで出会ったたくさんの先生方の支えのもと,今も日本人として,在日コリアンとして,私自身として,堂々と生きている。今日はいろんな視点から,「わたし」と「あなた」がどのように生きていくのかを議論していきたい。

パネラー 中山 美紀子 さん(京都市立中学校 日本語指導員)

京都市立小・中学校で日本語指導や多文化共生学習を行っている。その中で,生徒が今まで当たり前と思っていることは当たり前ではないと気づくエピソードがある。外国から転校してきた子どもが,給食を一切食べなかったが,それは慣れない日本での食べ物に戸惑いを感じていたからであった。すると,周りの友だちが多文化共生学習の中で学んだことを思い出し,馴染みのない外国の食べ物を食べられない気持ちを理解してくれ,見守ることができた。数日後,その児童は少しずつ食べられるようになった。多文化共生教育で得たことから,考えて行動した素敵な出来事だった。中学校では,日本語教室の生徒が多文化発信をしている。1つめは「私のお気に入り」というポスターで,自分の視点で自国紹介をする取組,2つめは「アイデンティティの作文」で,本当の自分を知ってもらうための取組,3つめは「フィリピン支援募金活動」で,日本語教室の中でフィリピンの現状を知り,自分たちができることを考えた取組である。子どもたちには,目の前にいる自分とは違う国で育ってきた仲間は,これから一緒に活動していく仲間という認識をもってほしい。

パネラー 浜辺 ふう さん(劇団「九条劇」主宰)

一人で劇団を主宰している。自分は東九条出身なので,東九条をテーマとした作品などを中心に活動している。東九条では,ずっと前から多文化が当たり前になっている。地域の祭りである東九条マダンは,在日コリアンと日本人が同じ目線で始めるお祭りという特色があり,自分も小さい頃から関わってきた。そんな多文化が当たり前にある東九条の町で生きてきた自分が,自分は日本人という一つの国籍しかないことを知ったとき,心と体が引き裂かれるような思いをした。それをきっかけに周りの人とは少しはみ出したアイデンティティを持つようになった。そんな経験もあり,自分がありのままに生きていくとはどういうことなのかをテーマに中学校や高校で演劇をしている。今日は,マイノリティの人々,マジョリティの人々が自分らしくありのままに生きていく社会とは何なのかを,みんなで考えていけたらと思う。

パネラー 金 民樹 さん(劇団タルオルム代表・脚本家・演出家・俳優)

大阪を拠点に活動している旗揚げ16年目のバイリンガル劇団の代表をしている。今日観ていただいた作品は,私たちにどんな未来が待っているのかを問う作品である。劇団員のほとんどは在日コリアンだが,日本人も共に活動している。いろんなところで演劇をさせてもらうことで,日本人や在日コリアンの人が何を考えているのかを知ることに関心が高まってきた。最近,大阪の中学校で人権問題の一環で公演をしている。劇団員によっても考え方やルーツが多種多様であるが,中学校で行う公演で感想のやりとりをしたときに,中学生もそんな私たちに関心をもつようになってきた。そこで,さらにコリアンタウンでのフィールドワークに参加して,中学生とさらに交流を深められた。中学生もそれを喜んでいたようである。中学生に在日コリアンの人と上手く出会わせ,その人のことを自然に知りたい,親しくなりたいと思わせる取組であった。私たち役者は芝居を通して,様々な立場の人が共に過ごせる社会を築くために,やれることをやっていきたい。

 

フォーラム

一つひとつの質問に答えてもらい,それを深めるという形で進める。

土岐:「児童生徒たちに外国人教育を進めるための取組はどんなものがあるのか」

金:キムチや焼肉など日本にも浸透している食文化は,きっかけにしやすいのではないか。一方で,韓国芸能人には羨望の眼差しで見るのに,隣にいる在日コリアンは見えていないように感じる。

浜辺:京都では東九条マダンをおすすめしたい。食文化,楽器,シルムなどいろんなコーナーがあり,さらにいろんな立場の人との出会いの場にもなる。また,中学校での人権学習のコーディネーターをしている。在日コリアンでも多様化しているので,いろんな年代の方々にお願いして,中学校で講演をしていただいた。さらに,東九条の町で歴史探訪などしている方もいる。

土岐:「これからの外国人教育で大切なことは何か」

石橋:小学校の時に本名で通っていたときに,自分はなぜ変わった苗字なのかという違和感があった。民族学級は初めて受けた外国人教育で,自然に通っていた。そこではアットホームな雰囲気で,救いになった。民族学級に通うことで教室でも過ごしやすくなった。中学校では民族学級はなかったが,たくさん外国人教育をしてくれた。そのときは嫌だったが,そのおかげで私という「ありのままの自分」を大切にできていると思う。人と人との関わりについて考えるのが外国人教育と思う。今,小学校の担任をしているが,人権学習の一環で韓国に関する学習をしたときに,自分が韓国人であることを子どもたちに伝えた。子どもや保護者の反応を心配したが,子どもたちは「先生が何人やろうと先生が好きなことには変わりない」と返してくれた。そのときに外国人教育は,その人を「人として」素直に見ていけるようにすることが大事と思った。

土岐:「今の話を受けて,思うことはあるか」

浜辺:石橋さんとは同級生で,自分も民族学級に行けると思っていたのに自分は行けなかった。取り残された感じがした。日本人であることで,自分が触れてきた韓国の文化を放棄してしまうような感覚があり,日本人でいることが嫌だった。しかし,大学の時に出会った外国人の友だちに「あなたは自分が何者であるかを証明する必要はない」と言われて心が晴れ,自分は「在日コリアンの文化をもった日本人である」と自分を見つめ直すことができた。自分がもっている背景を大事にしていきたいと思う。

土岐:「若い2人の話を受けて思うことはあるか」

金:浜辺さんみたいな人もいるんだと勉強になる。あるテレビ番組で「魚もいろんな魚がいるから面白い。だから人間もいろんな人間がいて面白い」という言葉を聞いたときは,シンプルな答えで納得した。今の社会は,ありのままの自分のことを表現する勇気が必要と感じる。学校の先生は,在日コリアンの児童生徒に本名を名乗ることをすすめることがあるが,その際に一番勇気が必要なのは当事者である子どもであることを知っておいてほしい。

土岐:「外国人の子どもたちに自信や力をつけさせるための取組はどんなものがあるか」

中山:外国人児童生徒が,学校や地域などで出会った人たちの中で,どのように生きていくのかが大切と思う。来日してきたある外国人生徒に,地域が,言葉が伝わらないのでどう関わってよいのかがわからないと言ってきた。そのときは,だからこそ地域でお願いしたいと学校からお願いをした。言葉が通じなくても,それが全てではない。当事者に関わる人間が思いを持って動いていくしかない。出会ったからこそしっかりと向き合うべきである。

土岐:「今,現状として私たちの周りに外国の方々が働いている。いるのにいないことにされるのは両者にとって不幸なことと思う。今の話を受けてフロアからご質問やご意見があれば出してほしい。」

フロア:日本は国籍を1つに決めないとだめという考え方が古いのではないか。

土岐:22才までは自由国籍が認められている。多文化を進めていく上では,自由国籍は当然である。

土岐:「日本語を理解できない外国人児童生徒には,どのように日本語指導をしていくのか」

中山:まずは基本的な学校生活が営めるような指導をしている。例えば,先生の指示の理解,緊急時の行動,体調が悪い時の対処法などの日本語を教える。そして日本語の基礎から,少しずつ教科指導とリンクさせていく。しかし,日常会話はできるが学習言語は苦労する場合が多い。進路に関する書類の説明も大変で,生徒が保護者にある程度,説明できるように話をしておく。

土岐:「日常言語と学習言語の違い,明日から生かせる日本語指導があれば教えてほしい」

中山:友だちと話している言葉とスピーチで話している言葉は同じではない。様々な言語の理解は,教科の学習では多様な言葉・表現があるので,そこで埋めていける。また,ユニバーサルデザインを使って難しい言葉を理解させたり,聞いたことを書かせたり,もう一度説明させたりもしている。さらに,普段から使う文字の読み書きも不十分なので,教室の先生もそこの補助をしてほしい。少々間違っている日本語を「がんばっているね」と認めて終わるのではなく,きちんと正しい日本語を教えきる姿勢が大切である。

土岐:「勉強ができないわけではなく日本語ができないだけという生徒に配慮されていることはあるか」

中山:日本で生まれ育った子どもは,日本語がわからないと恥ずかしくて言えない場合もある。さらに,聞いていなかっただけとごまかしていることもあるので,学校の先生は注意しておいてほしい。

土岐:「今の話で,パネラーの方で思い当たること,自分の経験はあるか」

浜辺:アメリカに留学したとき,生活言語はすぐに上達したが,教室の言葉はなかなかわからなかった。自分が小学生のとき,外国から来た転校生も,だんだん日本語も上達してコミュニケーションをとれるようになった。さらに自分から発信できるようになり,性格も朗らかになったので,日本語教育の大切さがよくわかる。今のフィリピンの子どもの親世代が抱えている問題は,在日コリアン1世2世のそれと似ていると思う。東九条の取組や,これまでの外国人教育が生かされていってほしい。

土岐:「フロアから意見はあるか」

フロア:今は日本に定住している外国人が母国には帰れない状況にあると思う。日本に生まれた子どもは,母国で生活していけないという思いがあるのではないか。そういう社会に課題がある。自分が教員として東九条地域の中学校に赴任したとき,ほとんどの保護者が在日コリアンだった。東九条は多文化共生教育が実践できる場所であると思う。

土岐:「これからの人権学習の在り方が問われている。パネラーの方々から最後に一言ずつどうぞ。」

金:自分のルーツがわからないと思っている子どもがいたら救ってあげてほしい。声をかけるだけで大きな救いになる。救えない子どもが一人もいないような社会になれたらいい。また,自分のルーツを誇れるのかどうかは,社会の受け入れ体制が何より大事と思う。ただ,在日コリアン問題は,他の外国人に関わる問題と歴史的背景が違う。その背景を無視して仲良くなろうというのは間違っている。今日はいろんな話を聞かせてもらってよかった。

石橋:自分の出自はどうにもできないので,自分や周りの人たちが共に生きていくために,どうするべきかをみんなで考え,向き合う姿勢が多文化共生教育では大事と思う。担任している子どもには,人として,ここにいるみんなが一緒に学ぶことが大切と言っている。大人がその環境を整えることが大切。

中山:一緒に学べる仲間のことを知り,自分事としてとらえることが大事と思う。アイデンティティの作文では,出せるところから出せたらよいと伝えている。そうしないと大人になってからが困るから。そばにいる仲間を頼りにしてほしいとも思う。また,日本に住んでいるなら日本の文化に全て合わせるべきという考えは間違っている。学校教員は困っている子どもや保護者に寄り添って助けてあげてほしい。同じスタートラインに立たせることをしてほしい。

浜辺:マジョリティである日本人には,徹底した歴史教育が大事と思う。同世代の外国人と話すと歴史観の違いがよくわかる。過去を知らないと未来を見られない。今自分が立っている時代の積み上げを知ることが大切である。また,子どもに負の歴史を学ばせるときは「あなたたちが悪いのではない」という一言が必要と思う。日本人である自分を嫌いになることはない。歴史と個人は違う。

土岐:これからの外国人教育を考えるよい機会をいただいた。パネラーの方との出会いがみなさんとつながるきっかけとなった。ありがとうございました。

 

戻る