恵子:それは、問わず語りにして、既成事実をいろんな形で作っていくことで、ご近所さんから全国に及んでいくという形で、結果的に蓄積されていった。
英子:実は、1991年5月17日にWHOの精神疾患のリストから同性愛が外されることで、同性愛の権利も「人権」と位置づけられるようになったんです。逆に言うとそれまでは「精神疾患」として扱われていて、私が彼女と一緒に暮らしたいと兄弟に伝えたときには「すぐに精神病院に入ってくれ」と言われました。実際に保安処分にかけられたり、病院から逃げ出した人の話を聞いたこともありますが、私も入れられそうになったんですね。だから、毎年5月17日を記念日としていろんな取組みが世界で行われています。「国際反ホモフォビア&反トランスフォビアの日」の略でIdaho(アイダホ)といって、私と恵子も福井の駅前で街宣行動をしています。テレビに出たことで、生まれてから1度も誰にも自分のことを語れなかった当事者たちから、何度も話しかけられました。地元でも東京など都会の展覧会の場でも。そういう時、私は萎縮している人のつらさを受け止めつつ、若い人がカミングアウトすることをどんどん応援していきたいと思っています。教育現場でも、先生方は学校でクラスには必ず1人はいる。確立でいうと3人くらいいるという思いで、子どもたちの気持ちを感じ取ってほしい。「性同一性障害(GID)」だけが前面に出ることで、性的マイノリティの問題がそこに集約するような現実になっていますが、先ほども言ったように、LGBの部分にも目を向けて、受け止める準備があることを伝えてほしいです。自殺率で言うと、ゲイは普通の人の6倍、レズビアンが3倍という統計があります。
恵子:それは、女性はむしろ魂を殺されていて、結婚という鞘に収まってしまって、本当に見えない存在になっているということです。カミングアウトは、閉ざす扉(クローゼット)から出るというのがもともとの意味ですが。
英子:資料には同性婚を認めている国の一覧表をつけています。ただ私たちの立場は、あくまでも婚姻制度にのっとったという形ではなくて、カップルとして、パートナーシップとしての権利を日本も認めるべきだということ。まだ夫婦別姓さえ通らないこの国でなかなか難しいと思うんですが、現在は全くお互いの、相続や保健やいろんな社会的な権利がないので。
恵子:相方や子どもが入院した時などでも「家族ですから」と言い切って乗り切ってきたことはあるんですけど、本当に乗り切れないときが来たらどうしようかということがありますね。
英子:カミングアウトというのは、ただ言葉の問題ではなく、生命体としての私、命、魂、全部がその行為につながっていて、私自身、番組に出演してそこをオープンにすることで、びっくりするくらい作品の表現も出てくるし、頭もすっきりするという感覚を味わいました。
恵子:お互いにコミュニケーションがより大きく深くできる世の中になっていけば、ということにつながっていくと思いうんですが、最後に、私たちベロ亭という家族が遭遇した娘ののえの自死とそれにどう向き合うかということを、5分ほどでダイジェストにしたものですけどご覧ください。
【ダイジェスト版〜映像】
恵子:この番組全体を企画してくださった方の言葉ですけど、こんなに高い二つのハードルをだしちゃったんだよね、と。自死というのは、残された家族であれ、親しい友達であれ、恋人であれある意味PTSD的な心的外傷。何で自分が今生きているのかという、そういう意味合いにおいてシビアな、それをある研究では強制収容所の生還者と同じくらいのストレスを抱えているとも言われています。で、本当にそうだなと、この4年と3ヶ月思っています。だけども、その自責の念というのは一体何なのかということを、本当にこの世の中、もう一度向き合わなかったら、何で、東電が自責の念を持たないんですか、何で自死遺族が自責の念だけ持たされるんですか。私はそこを聞きたいです。無力感というのはずっとあると思います。悲しみもずっと変わらずあると思います。でも、私はのえと共に生きていきます。
英子:私は65歳なんですけど、いろんな意味で人生が円熟してきたのかなと自分で思うんですけど、その豊かさというのは自分が育てた5人を抜きにして考えられないんですね。
恵子:皆さん、聞いていただいてありがとうございます。最後に詩を読んで締めていきたいと思います。これはあるレズビアンの友人が書いてくれたイラストですけど、珍しく私がイラストに言葉をつけたんです。
「一つの大きな思い出になっていく」