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 講演録要旨

「水平社会へ〜わたしたちの到達点と展望」

 講師 谷元 昭信さん(部落解放同盟中央本部書記次長)

 全国水平社創立90周年、こういう節目に当たって講演の機会が与えられたことを大変私自身光栄に思っております。個人的にも90年にわたって止むことなく差別撤廃の取り組みをよく継続してきたなという誇らしい思いと同時に、何故、今日まで差別が克服できないのか、ある種の焦燥と義憤が交錯しながらこの節目を見つめています。また、90年という時間が経過したという意味での節目というだけでなく「これまでの運動を検証し、総括し、後世に受け継ぐことがあって始めて、歴史と伝統と言える」ということは、水平社60周年のおり、特別功労賞をお渡しする折に、朝田善之助さんが言われたことであり、私はこういった節目のたびにその言葉を思い出します。

その意味で、わたし達がもう一度やるべき作業は、解放運動の原点とは何だったのかということを再確認することです。私は、その原点とは、まさに90年前に作成された「水平社宣言」にあると考えています。非常に豊かな思想が凝縮していると思っていますが、今の段階で一番大切にしなければならないのは、「人間を尊敬することによって自らを解放せんとする者の集団運動」というくだりの、人間を尊敬するという言葉です。この思想は人間に対する優しさと信頼を表しています。そのことが水平社創立以来、今日の部落解放運動の90年の闘いを根底から支えてきた思想だと思っていますし、この考え方を、未来に継承することはわたし達の大切な役割だと考えています。

もう一つは「差別とは何か」ということを根源的に問い返してみるということです。差別が現実として表れるのは、「排除・忌避・人間的に孤立させられる状態」であります。そのように捉えるとき、差別を克服するという強い思いは、抽象的・観念的なものではなく、一つ一つの問題を解決していくという方向性を持つことができます。

部落差別を今日も残している社会的要因は何か。わたし達はその社会的背景を三つの側面から考えていく必要があると思っています。一つは穢れ意識。これは日本社会で古くからある意識であり、その核心は死に対する恐怖であり、それに係わる様々な仕事に就いている人たちが排除されます。二つ目には貴賤思想。人間は生まれによって尊い者と卑しい者があるという考え方から人間を序列化するものです。家柄、血筋、血統というものの見方が今日まで日本社会には残っており、それを覆い尽くしているのが、家父長的家制度だと思っています。家長に対する絶対服従が天皇を中心とした社会となるとき、国民が天皇の赤子として位置づけられました。家という言葉は明治民法にはっきりと位置づけられていて、これが今日のわたし達の意識や行動規範を支えているのではないか。そのことを支える制度として、家単位の登録としての戸籍制度があると考えています。部落地名総監事件が1975年におきましたが、これは、1970年代まで他人の戸籍を自由に閲覧できる公開制度に対し、取り組みの成果として閲覧制限がついたとき、対抗措置としてやられた事件です。結婚や就職の際に身元を調査するという商いが成立する、そのことは許されることではないが、それを依頼する人がたくさんいるから売れるという形になるのであり、なぜそのように排除しようとするのかという切り込みが大事です。

部落解放運動の到達点と言うとき、その成果と同時に多くの誤りや弱さがあったことを認識し、正負の遺産をしっかり受け継ぐという取り組みをしなければなりません。その上で、この90年の到達点、あるいは勝ち取った成果、克服すべき課題とは何か。この90年の闘いは、日本社会の価値観として「差別撤廃・人権確立」ということを定着させつつある段階まで押し上げてきたということがあります。また、他の差別を受けて苦しんできたマイノリティに大きな波及効果をもたらしました。80年代後半からは日本国内の差別撤廃ということだけでなく、世界の水平運動として国際的な人権基準を進展させる重要な一翼を担うという段階にまで至っています。わたし達の闘いは、学校の教科書が買えずに教育の権利を侵害されていた部落の子どもたちの権利回復のために、日本の全ての子どもたちの教科書を無償化するという成果を得ました。また、狭山差別裁判の闘いは、部落差別によるえん罪事件として石川一雄さんを取り戻す運動としてありつつ、その再審を勝ち取るためには司法の民主化と取り調べの可視化を実現するという闘いとして他のでっち上げに苦しむ人々の救済と結びつきました。それから1980年代には、生活保護受給費の男女格差をなくす取り組みを通じて、女性の権利を守り生活保護を受けている母子家庭に大変寄与することになりました。こうした成果に共通していることは、部落問題を解決する取り組みが、あらゆる困難を抱えている人々の問題を解決する取り組みと結びついていると言うことです。仲間の権利回復を全ての人の権利を守る闘いに広げていくという視点が、水平社宣言の精神を受け継ぐことです。

部落解放運動は、戦前は糾弾闘争を中心としたものでした。戦後は、朝田委員長を中心としての三つの命題にもとづく行政闘争を中心とした時代でした。今の時代は、共同闘争を中心とした段階にあります。部落問題は部落の問題ではない。差別する日本社会の関係の問題であることを確認しましょう。部落差別は単独として存在すると言うより、それが存在することで他の差別も生み出す複合差別とし、根は共通しています。他の差別問題を解決するという視点を持たなければ、部落差別だけ単独で解決すると言うことはありえません。共同闘争はみんなで一緒にやろうという運動ではありません。差別による不当な一般化という危険性を回避して、一人一人の責任において解決していこうという視点が重要です。

そのために、差別がない状態の輪郭を示す責任が私達にはあります。それを5つの条件ということで提起するなら、一つは部落民の人間としての尊厳が確保され、人間らしい生活を安心して営むことができること。人間の尊厳と生存権。2つ目は、部落差別の禁止・再発防止・被害の救済に関わる法整備。3つ目は、国際的な人権基準などを踏まえた人権教育・啓発。4つめとして人権行政の推進。5つ目、共生の権利の承認が根付いた地域共同体が構築されていることです。そこで人権の法制度確立。人権のまちづくり運動。人権教育・啓発という三つが、わたし達が取り組むべきこれからの大きな方向性であることを確認します。一人一人が差別撤廃に向けて何が出来るかと言うことを、ぜひとも今日の集会を契機として考えていただけたらありがたい。自主解放、一人立つ解放運動の実践というふうに提起しますが、同時に、一人孤立したままではいけません。常に多くの人たちと豊かな繋がりを、絆を、もう一度結び直す。これが今、全水90年にあたって、部落解放運動が考えていることであり、これからやらなければならないことだと思っています。

 

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