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 全体集会記念 上映会&講演

 

 

上映「部落ここに生きる」(上映時間53分)

 

監督:土方鉄/服部公男  

制作年:1984

 

製作: 京都「人権啓発映画」製作実行委員会(代表 吉田明)

 

企画・脚本:土方鉄

ナレーター:入川保則

プロデューサー:森本景武

 

 

今の映画、私もなつかしく見ていました。1984年の製作ですから、33年の月日であります。部落解放運動は、とりわけ京都においては、京都市内から運動の広がりがはじまり、当時、運動の幹部のみなさんが、郡部に出向いて、オルグをかけていました。そして、運動に参加させながら共に行政交渉をして、部落の環境改善をしてきた経過があります。丹後から山城まで当時の被差別部落の実態が、映像でとりまとめられたところです。

 1969年から特別措置法がはじまり、残念ながら法律があるものの、村の環境改善は進みませんでした。当時は10年という時限立法で、多くの事業がほとんど手つかずのまま10年を迎えるという実態がありました。その後、部落解放運動は、こういう状況では全く改善がすすまないという思いで、その延長を勝ち取りながら、20023月まで、実に33年間、部落の環境改善を軸とした運動が展開されました。三度の名称を変えながら、法が延長されてきたわけですが、この特別措置法の主な内容は、事業実施である、京都市をはじめとする市町村の財源的裏付けを国がしっかりと補填していくということです。中には,運動のやりすぎで、地方自治体が財源的に厳しくなったのではないかとの指摘もありましたが、私も80年代の後半くらいから運動に参加して、特に国との折衝では、当時自治省が私の担当でして、国の財源の裏付けをしっかり補填していただきたいと訴えた。例えば国の決まった基準で実際に現場でその事業をやる場合は、その金額でこなせないんです。超過するんです。その財源を補填するために特別交付税の中に「同和」配分というのをつくって、そこで補填する仕組みをつくりながら、2002年特別措置法が終わっても、起債がそれぞれの地方で残りますから、特別措置法終了してからまだ10年間、その起債の補填部分を手当てしたという経験もありました。こういうことをしながら、何とか中央で、それぞれの市町村で、事業を展開できる取り組みをさせていこうという思いでやってきた。

 この映画をとおして、部落解放運動は、この後に部落解放基本法の制定運動へと繋げていくわけですが、ここで協賛された団体も全部参加しながら、とりわけ、京都府京都市で当時、部落問題を総合的に解決するような法整備を国に求めていこうという議会決議がされました。それを受けて、部落解放基本法京都府実行委員会をつくっていこうという運動に発展し、そして今日の、京都府人権政策確立要求の実行委員会へとつながってくるわけです。この基本法の主な内容の理念的な部分が、昨年の129日に部落差別解消法として実現をしたわけです。20023月で特別措置法が終わったが、国が示した考えとしては、「特別措置法の終了は同和問題の解決ではない。問題は依然として残っている。この残っている問題に対して、それぞれの地方は、本来の行政施策を工夫しながら、残っている課題に対して対応していかなければならない。」このように言われました。しかし、その間20023月以降、京都府下でも部落差別の実態は別にして、特別措置法という同和の法律がなくなった以上、行政も「終結」に向けてそれぞれの作業が展開されてきました。法の裏付けがないことが、同和問題の終結であるかのような内容がでてきたわけです。しかし、国は特別措置法の終結に向けて1969年頃から審議会をつくって、特別措置法の終結に向けて、今後国はどうしていくかという審議会の議論がはじまった。そして、二つの答申を出した。一つは、同和地区住民を対象とした特別の法律はいずれ終わりが来る。であるなら今後の課題に対して答申を出した。その一つが人権教育・啓発としてあらたに一般施策の中で再編していく。部落問題をはじめ人権課題が存在する以上その解決に向けた法整備をしようということで、200012月、『人権教育・人権啓発推進法』として議員立法で法律ができた。その法律に基づいて、市町村はじめそれぞれ事業がされている。これまで、同和地区という地区を持つ自治体のみが、事業の対象であったものを、この法律は、地区あるなしに係わらず、北海道から沖縄まで全ての自治体を対象として、教育啓発を進めていく、文科省と法務省が連携し、実効性を高めていこうと言うことで、この法律は現在も生きている。もう一方で、差別が存在する以上、差別を救済する法整備をすすめていこうということで、国は、答申を受け、20023月、特措法の終了と同時に、当時、政府は人権侵害の被害者を救済するための人権擁護法案を、自民党政権のもと閣議決定し、はじめて国会で審議された。翌年の6月まで審議されたが、4度の国会でこの法律が衆議院の解散と同時に自然廃案となってしまいました。

 私も当時中央の役員をしていましたから、係わってきましたが、この法律の反対のメンバーは、当時自民党が国会に出したわけですが、自民党の中にも当時人権問題調査会があって、この反対をしたメンバーの中心が現在の安陪さんです。かなり強い勢いで、調査会に安倍グループが大挙して乗り込んで反対の論陣をはった。その行動隊長が現在防衛大臣の稲田朋美です。これは本当に奇遇ですが、一昨年秋、この部落差別解消法の議論があった。当時の自民党政調会長が稲田。総理大臣は安倍晋三。まさに人権擁護法の審議の際に、反対の陣営をはってつぶしにかかった。当時自民党の窓口は、福岡の太田成一、そして事務局長は和歌山の鶴補さん。このラインが自民党のなかの、人権擁護を推進する窓口として対応する。人権調査会の会合のたびに、反対の論陣はる。議員会館の外では、毎日のように右翼が大挙して反対の行動がなされた。こうした状況を経て、昨年、部落差別解消法が成立した。先般、鶴補さんとも話したが、この時代を見たときに全く違う風景が今、国会の中で生まれてきている。

 一つは、和歌山選出の二階自民党幹事長。彼は、和歌山の部落差別の実態にふれるなかで、何とか、部落差別解消する法律をつくりたいという思いがあった。一昨年秋に、和歌山の知事や各種団体あげて東京集会をうって、そこへ稲田朋美を呼んで、彼女の口から部落差別に係わっては、個別法で対応していくという言質を出した。その後、議論が広がり、とりまとめがされた。2002年から思うと、大きな激変がきた。

 この間、現政権の中では、それぞれの差別問題について、私たちが今も求めている部落差別をうけた被害者救済法としては、総合法としては反対している。しかし、差別問題について、個別課題について、必要な部分から法整備をしていこうということがこの23年、広がってきた。多分に2020年の東京オリンピックも視野に入りながら、当時のオバマ政権のもとでは民主化運動が広がってきたので、国内的にもそうした整備をしていかなければならないということがあって、昨年は、障害者差別解消法、ヘイトスピーチ対策法が成立した。野党共闘で提案したが、与党でも対案の法律が出た。与野党修正協議を経て、どちらも罰則法をいれることにかなりの抵抗があり、残念ながら罰則がはずされ、理念法で決着し、昨年通常国会でこの法律が実現した。

 では、今日の部落差別をどう扱っていくのか。政府としてどう対応するのか。こういうことを我々も政府に迫ってきた。今の自民党においても半数近い人が部落差別の実態を認知している。過去にもその法律に係わる人も多くいる。二階さんもその一人で、過去から人権擁護法から係わってきた人だから、個別法とするなら、部落問題も議論しようということになった。私たちは今おこっている差別の実態を強く訴えた。例えば所管である法務省が部落差別の実態を調査するとき、また件数としてまとめる際に部落差別の件数は減っているのではないか。結婚差別の問題も通行圏がひろがって解消の方向に向かっているのではないか。そういった議論になっている。本当に結婚差別は減少しているのか。私は、被差別の当事者として多くの仲間から結婚差別の相談や訴えを聞く中で、そうは思わない。確かに人の行き来の通行圏は広がっているけど、真に祝福される事例はどうか。結婚式があっても片方の親族や、場合によっては両親も来ない、こんな場面をたくさん見た。

 鳥取ループ示現社の発覚の状況。戦前に全国の部落調査をして、当時戸数や実態を調査した本を今日的につくりかえて販売しようという動きがあった。一部ネットで出た。全国でも、結婚を控えた親御さんからも非常に不安な思いが届けられた。このように、結婚差別の問題も残念ながら本音の所で語っていけば、数多く存在し、それを差別事件として訴えていけない。差別事件としてカウントできない背景が数多く存在している。

 私は先の法律をめぐって、参議院の法務委員会で参考人招致をされた。衆議院で法律がとおって、参議院にうつった。会期が10日ほど延長されて、126日だった。この招致を法務委員会は、当事者の意見を聞こう。法律の必要性を議論しようと設定された。私は部落解放同盟を代表して、当事者の一員として参議院の委員会に出席した。みなさん、国会というのは、みんなシナリオが出来ている。どういう質問をするかということを、質問する議員は丁寧につくらなければならない。その質問に添って、官僚が回答をつくる。そういう基本的なやりとりがあって、国会審議がされている。しかし参考人招致にあたっては、まず、参考人同士の質疑はしてはならない。議員の質問以外答えてはならない。いろいろ縛りがあった。そして、参考人の議論というのはどんな質問が飛び出してくるかわからない。4時間数十分にわたる、審議をした。この議論によっては、参議院法務委員会は継続審議をしながらもっと審議しようという答えになるかもわからない。やはり今国会で作ろうという答えになるかもしれない。私も組織の代表として大きなものを背負いながらこの参考人招致に出席した。

 冒頭私は、結婚差別について触れた。私の友人が若い頃に結婚して、ムラに住んでいたら自分の子どもが自分と同じように結婚差別にあうかもしれない。ムラから出て、部落と関わりのない生活をしようということで、私と同世代の青年がムラを出た話をした。最近になってその子どもさんが私を訪ねてきて、実は僕、結婚差別を受けましたと、話しをしてきた。様々な京都の事例を話した。なかなかこういう問題を差別としてあげられない。当事者は結婚して、差別を乗り越えながら結婚しているけど、相手の両親や親族は未だに反対だという事例は本当に山ほどある。それを一つ一つこれは結婚差別なんだということで、カウントできないし、あげていけない。こんな実態が結婚差別にはあるから、もっとしっかりと実態を見ながら対応してもらいたいと訴えた。一部の政党は解放同盟の利益を得るものではないかと、50年も前の事例を出して喋っていたが、しかし衆議院の議員のなかにおいても、意識調査をみたときに、相手の身元を調べたいという比率が依然として高いという話しが出たし、そういう意味で、この参考人の審議は部落差別の実態が依然として根深く存在しているということが確認された参考人招致委員会ではなかったか。そして、翌日に参議院の法務委員会で、この法案に対する採決がおこなわれ、129日の参議院本会議賛成224票、反対14票でもって、この法律が成立した。衆参本会議それぞれで、可決され、16日に施行された。

 何よりも国が部落差別の存在を認めた。そして、60年から及ぶ部落問題の法整備においてはじめて、ここにきて、「部落差別」という言葉が法律に使われた。部落差別を解消するための法律であることが示された。今も部落差別が存在し、国、地方自治体あげて解決していかなければならない。そのためには2000年にできた人権教育啓発の法律をさらに実効性のあるものに高めると同時に、さらに差別を受けた当事者や、関係者の相談活動をしっかり強めていくという問題。そして、実態調査が明記された。

 20023月に特措法が終了し、一部の自治体は特別措置法の終了があたかも同和問題の解決なんだという取り組みで事業が展開されてきたところもあった。しかし、京都においてはとりわけ郡部を中心に特別措置法終了後も引き続き行政の責務として、役割として今ある同和問題の解決に向け、一般施策をしっかり工夫して対応していかなければならない。こういう取り組みが今もやられている。まさに今回の法律は、我々がこの間、法律がない時代にもがんばってきたなかで、これが国の法律的な裏付けをもってのバックアップをされたということで、勇気ある内容の話しをしていただいた自治体も存在している。私たちは、所管である法務省に対して、それぞれの条項にある課題を具体化するためには、横断的な省庁の合同会議をすべきだということで、多分、今年度中には横断的な会議がされる予定だ。ちなみに、ヘイトスピーチに関連して言うならば、昨年の6月に法律ができて、昨年9月に地方自治体を含んだ関係する各省を含んだ合同会議がもたれた。それぞれの実態を掌握しながら取り組まれている。一部にその実効性が高まる状況が産まれているが、その経験に添って、年度内には合同会議の提起をしている。現在国では、それぞれ地方でやられてきた調査を集約しているが、それを受けて例えば、ネット上の差別の問題は、総務省の問題になるから、総務省はそこに参加させていくべき。人権教育を推進するためには、もう一度、かつて京都市をはじめ盛んにされてきた同和教育というもの、これが形骸化されて、ネット上の世界で、子どもたちが相手の出自を暴くというやりとりがされているということも広がっているわけだし、一部のまちがった政党の同和問題の情報によって、部落差別の問題をねじ曲げた実態があるわけで、私はそういうことも法務省に訴えながら、もう一度正しい同和教育の取り組みを公教育は行うべきだという提起をした。そういう意味では文科省、そして、相談活動は、残念ながら市内は隣保館が形を変えてきましたが、これは、みなさん京都市だけなんです。他の市町村は全部隣保館を残している。ここを窓口としながら相談活動を強化していくという取り組みは厚労省が所管になるので厚労省や、総務省や文科省や、こういう各省の合同会議をつくり、連携した国の取り組みの方針を出すべきである。

 先般通常国会がはじまっているが、その中で、所信表明の後に、代表質問があり、123日、二階幹事長が総理に対して意気込みを聞いた。通常は、各論の質問に対して答えないが。安倍首相は「主旨を踏まえ、差別の解決にむけてしっかり対応したい」と述べた。 それぞれ、地方から同様の動きが出てきた。先般も兵庫県では、この法律を受けて、人権教育啓発の予算を倍増しながら、よりきめ細かい、部落問題にしっかり焦点をあてた事業を展開していくということが報告された。地方でもそういううねりが徐々に起こっている。片や、京都市内において、今後どうしていくのか。私も大注目をしている。やはり、現実としっかり向き合って、どのようにそれぞれの個別課題を一歩一歩前進させていくのか、このことを強く京都市内において、期待しているところだ。皆さんと共々、一日も早く、私たちが、何のためらいもなく故郷を名乗れる社会をつくっていくために、さらに共に頑張っていきたいと思う。

 

 

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